7月下旬
かれこれ、6週間ほど、スティーブはバーバラに会っていなかった・・・あの土曜日にバーバラの実家に行って対決したときが最後だった。彼は、今からバーバラと面会することになっていたが、まったく気乗りがしていない。こんな場所にいたくないと感じていた。結婚カウンセラーのオフィスで妻に会うなど、まったく望んでいない。こんなことをしても無駄なのだから。
3日前、スティーブは、本社の会計責任者のオフィスに呼び出されたのだった。その肩書きを持っている人物はウィリス・ジョンソン。彼は会計責任者ではあるが、自分が手をつけたいと思った案件なら、どんな案件でも最終決定を行える実力者でもあった。ジョンソンは、会社のオーナー兼CEOとは、幼馴染だった。2人の交友はすでに60年以上も続いている。したがって、ジョンソン氏が何かを言えば、それはすなわち会社のオーナーの声でもあると考えてよい。
ジョンソン氏の話しぶりは穏やかなものであったが、明瞭にメッセージを伝えるものでもあった。会社の重役陣は、近々、スティーブ・カーティスを地区責任者へと昇格させようと感じているし、今でも、次の秋に現職の責任者が退職したら、すぐに彼にその地位に上がって欲しいと感じている、とのこと。
「・・・・ではあるが、その地位は、ストレスが多い地位でもあるのだよ。そういうストレスが多い人間を心身ともに支えられるような配偶者がいる人物を選ぶ方が、会社にとってより良いことだと、首脳陣はそう考えているのだよ」
ともかく、それがジョンソン氏が言った言葉だった。
スティーブは、この会社側の言葉の背後にある理由について、素早く考えを巡らせた。しばし沈黙し考えた。しかし考えながら、返事を待たせてることを、済まなく感じたし、漠然とではあるが居心地の悪さを感じてもいた。
ともかく、この会話の要点は、こういうことだろう。すなわち、新しい職位に昇進するには、自分がカウンセリングに行くという努力の姿を見せることが、ほぼ必要条件と化しているということ。そのような努力を行い、自分が、別居している妻と和解すること。そのようなことが、言葉には出されないが、強く求められているのは明らかだった。
スティーブは、上層部が、自分の離婚問題までも知っていることに気づいていなかった。ジョンソン氏との面会は、スティーブに後味の悪い思いを残した。ジョンソン氏も快く思っていない様子だった。
その悪い後味を引きずったまま、彼は今、ここにいる。
木曜の夜と言えば、スポーツ専門チャンネルのESPNで大学フットボールを見ながらのんびりと過ごせたはずだ。だが、今、彼は、小さな待合室で、カウンセラーがオフィスに戻ってくるのを待ちながら、妻と向かい合って座っていた。バーバラは、何度か彼に話しかけ、会話をしようとしたが、スティーブは、それに合わせるのを拒み、どの問いかけにも、肩をすくめて見せるか、「ああ」、「いや」という短い返事だけで答えた。
突然、ドアが開き、背が低く丸々と太った、ワイシャツ姿の男が忙しそうに入ってきた。中年も後半に差し掛かった年齢か? 酒飲みの赤ら顔をしており、頭は、白髪が頭部を巡り、頭頂部はピンク色の肌が露出していた。年の割りに元気がよく、恐らく自分のデスクがあるのだろう、奥のオフィスへと足早に向かっている。大きな声でスティーブたちに言った。
「いやあ、すまない、すまない・・・今夜は、環状線の渋滞が酷くてね。・・・さ、こっちに・・・こっちに来てください。始めましょう」
彼はオフィスのドアを開け、中に入った。スティーブは、面食らったように瞬きをし、肩をすぼめて見せ、億劫そうに立ち上がり、男に続いて中に入った。バーバラには目もくれなかった。
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カウンセラーの名前は、ヴァーン・ヒューストンと言う。彼は神経科医でもなければ、心理学者でもない。オースティンにある正規のカウンセリング専門学校を出て、26年間、家族の問題を専門としたカウンセリングを行ってきた。しかし、彼は、この分野についての最新情報のすべてを追いかけ、それに通じている。実際、今日、彼が時間に遅れたのも、そのためだった。この都市の郊外にある生涯教育の施設で講義を受けてきたところだったのである。
「やあやあ、お2人にお目にかかれて嬉しいです。それに、今日は遅れてしまって、申し訳ない」
まずは、スティーブとバーバラに関する情報について、すべて、駆け足で確認が行われた。ヒューストン氏は、前置きについてはできるだけ早く片付け、客がここに来た理由に関する案件に一刻も早く着手したがっているようだった。
ヒューストン氏は、伝えたいことをすべて伝え終えると、急に落ち着き、静かに自分のクライアントの様子を観察した。
「それで・・・お2人は、このカウンセリングから、どのような結果を得たいとお思いですか?・・・カーティス夫人?」
急に名指しで質問され、バーバラは不意をつかれた。
「どうして? え、えぇーっと・・・そうですね・・・私は、夫と和解したいと思ってるんです。・・・今後も、2人で人生を続けていけるように」
「なるほど・・・人生を続ける? お2人で人生を続けていくことに、どうして問題があるのですか?」
ヒューストン氏は思慮深く尋ねた。バーバラの顔がピンク色に染まった。目が泳ぎ、カウンセラーの後ろ、窓のカーテン・レールに視線が向いた。少し沈黙が続く。
「・・・スティーブが、シティ・ビュー公園で、私が、知り合いの男性と一緒にいるのを見たのです・・・そして、夫は、私がその男性と・・・その・・・セックスをしていると思っているんです」
「どうして、ご主人はそう思ったのですか?」
バーバラはヒューストン氏から視線を避けた。オフィスの中のすべてに視線を向けても、彼には視線を向けなかった・・・それに彼女の夫にも。
「私たちが、彼の・・・つまり私の知り合いの人の・・・車に一緒に座っていたから・・・そして、その・・・後は、よく知りません」
バーバラは言葉尻を濁した。両手が上がり、奇妙な、何か拒否するような仕草をしたが、その後、膝の上に戻った。
スティーブはヒューストン氏を静かに観察していた。視界の横、バーバラの手が上がって、何か動いた後、降りるのが見えた。その突然の動きに対して、ヒューストン氏の目がさっと動き、すぐに元に戻るのを見た。スティーブは、ヒューストン氏が、一瞬、難しい顔をし、眉間に小さなしわが浮かべるのを見た。即座に行った判断だが、このヒューストン氏という人物は、なかなか観察の鋭い人物だとスティーブは思った。おそらくこの人は、たいていの人がマンガ本を読むときと同じく容易に、人のボディー・ランゲージを読み解くことができるのだろう。
「君は、その知り合いのために、ブラを外して、パンティも脱いでいたと言うのを忘れちゃいけないよ、いいね?」
スティーブが横から口を出した。この会話に自分も何か付け加えようと思ってだった。バーバラは毒のある視線を彼に向けた。
「ご主人には、後でお話を聞きますから」
ヒューストン氏は素早く言葉を挟んだ。声の調子は平坦だった。
「どうぞ、お続けください、奥さん」
「私は、その人とセックスしようとしていたわけではありません。あの時は、混乱していたんです。あの日、どうしてあの人と一緒に公園に行ったのかすら分からないんです。でも、分かってて行ったとしても、決して、そのつもりでは・・・何もできる訳がありません・・・ただの、悪い間違いだったのです」
「悪い間違い?」
ヒューストン氏は繰り返した。バーバラが返事を思いつくまでの何秒か、ヒューストン氏は彼女の様子を見ていた。
「ええ・・・その・・・。えぇ、確かです。私は、彼とセックスなんて、決してしなかったでしょう!」
ほとんど、憤然としているような言い方だった。ヒューストン氏は、バーバラが他にも言うことがあるのかと待っていたが、続きの言葉が出てこないのを見て、スティーブの方へ関心を移した。
「カーティスさん? あなたがこのカウンセリングを受けに来た目的は?」
スティーブは、この質問に対する答えの準備ができていた。
「2つあります・・・短期の目的と長期の目的。短期の目的は、妻を説得し、彼女の弁護士に、離婚協議の妨害を止めるように指示してもらうということ。もう一つは、私は自分の人生を自分で切り開きたいということ。これが長期の目的です」
スティーブは、それ以上言わなかった。そしてヒューストン氏の反応を注意深く伺った。ほとんど瞬きもせず、見つめ続けた。
「奥さんと結婚したままでの人生で、この過ちをやり過ごせる可能性については、あまり希望がないとお考えのようですな」
「希望などありません」
「では、どうしてここに?」
「私が勤めている会社に仕向けられたからです」 スティーブは短く答えた。
ヒューストン氏は頷いた。
「なるほど、ご主人自身はカウンセリングには反対だったと・・・まあ、ご主人がここに来るとき、不機嫌のあまり、乱暴な言葉を当たり構わず撒き散らす、などといった場合がなければ、まあ、私どもが何とか対処いたしますがね」
「そういうことがないとは、約束できませんが」 スティーブは冷静な声で言った。
スティーブはカウンセラーと視線を合わせたままだった。その視線によって、自分はいかなる協力も行わないと伝えていた。ヒューストン氏は表情は変えなかった。だが、その眼には、話し合いを始めたときに比べて、悲しそうな影が浮かんでいるように見えた。
「奥さんは、悪い間違いをしたとおっしゃっていますが、ご主人には、その間違いとは、どういうことだとお思いですか?」
「いや。私は、その見方に組するつもりはない。あれは間違いなんかではありませんよ!」 スティーブは語気を荒げた。
「間違いと言うのは、電話をするときに、番号の順序を入れ違えてしまったとか、そういうことです。そういう事が起きたのではないのです。妻は、自覚して、あの男の車に乗ったのです。妻は、自覚して、あの朝着ていったブラジャーを外し、自覚して、下着を脱ぎ、自覚して、あの男とセックスをしようとしていたのです」
スティーブは熱くなっていた。自分を抑えるため椅子に深々と座り、気持ちを落ち着けて話を続けた。
「・・・そして、彼女がその男と会ったのは、その時が最初ではなかったのです。この女性が言う事実関係が、彼女にとって都合が良い場合、彼女は嘘をついていると考えなければいけません。僕が彼女を家から追い出した理由について、彼女は両親にいくつも嘘を並べ立てました。僕が、彼女の両親に、バーバラがその『知り合いの男性』とやらに尻を揉ませている写真を見せ、公園で一緒にいるビデオを見せた後で、ようやく、真実の一部が出てきたのですよ」
「奥さん? いまご主人がおっしゃったことは、あなたとその男性の接触や、あなたとご両親の関係について、正確な説明だとお思いですか?」
「彼女の祖母もいました」 スティーブが口を挟んだ。
「・・・あなたのおばあさんとの関係も含めて。どうですか?」
バーバラは落ち着かない様子で椅子に座ったままだった。長時間、沈黙が続いた。彼女はカウンセラーと目を会わそうとしなかった。
「・・・ええ・・・かなり正しいとは思います」 呟くような声でバーバラは答えた。
「なるほど・・・」
ヒューストン氏は、平坦な声の調子で答え、視線をスティーブとバーバラの両方に均等に分けて、両者を交互に見つめた。
その後、突然、彼は体を起こし、デスクの上に両肘をついた。
「ご主人・・・そして奥さん・・・。私は、つねづね、意見の食い違いを見せている2人を仲介する時に、私の役割は何かと考えるのですよ。そして私の役割とは、その2人が、それぞれ、心の中にあることを自由に話せる中立的な場所を提供することだと思っているのです。一方的に片方の人の側に立つ人がいないような中立的な場所です。私はと言うと、正直、あなたがたお二人のことを知らない。あなた方の家に食事に招かれることもないでしょうし、日曜日の午後に電話をかけて、おしゃべりをする、なんてこともありません。お2人が私の前で何を話しても、その内容があなたのご家族、友人、仕事の仲間に伝わることなどありません。・・・それに、まあ、あなた方が犯罪とかそういうことを示唆する話しをする場合は除きますが、警察に伝わるなどもありえません」
ヒューストン氏は、そこまで話した後、しばらく2人を見つめ続けた。
「・・・お2人には、毎週1回、個別に私と面会し、各週の終わりにご夫婦揃ってもう一度、私と面会してくださるよう、お勧めします。いかがでしょうか? これはお認めいただけませんか?」
スティーブは、「ご夫婦」という言葉に抗議しようと口を開きかけた。だが、次の瞬間、文句を言うのはやめようと思い直した。結局、ただの言葉に過ぎないのだから、何の意味もない。スティーブは、何も言わずに、ただ頷いて承諾した。バーバラも、そのすぐ後に承諾した。
「良かった、良かった・・・それでは、来週、最初の面会に来ていただく訳ですが、その前にお2人には、この質問用紙に記入してきて欲しいのです。そうしてくださると、私も助かる」
ヒューストン氏は、デスクの下の引き出しから茶封筒を取り出し、2人に渡した。そして話を続けた。
「よろしい。さて、それでは、いくつか基本のルールを作ることにしましょう。その後で、お2人が考えている、一番大きな問題は何なのかをはっきりさせて、今日はお開きとしたいと思います。・・・まずは奥さん? 奥さんは今は働いてはいないんですよね? その通りですか?」
バーバラは頷いた。
「・・・それでは、今度の月曜日はどうでしょう? 月曜の午前中に、また、ここに来ていただけませんか?」
バーバラは無言のまま頷いた。
「それに、ご主人。ご主人には水曜日の午後を開けておきます・・・何か問題がありますか?」
スティーブは肩をすくめて見せた。特に、問題がないとは言っていない。
「・・・分かりました。・・・で、木曜日のこの時間に、お2人一緒に来てください。よろしいですね?」
スティーブは軽く頭を下げ、承諾を示した。バーバラは、スティーブより少し乗り気な様子で頷いた。彼女は、スティーブがむげに拒否しなかったことに内心、喜んでいた。
「よろしい・・・後で秘書に、この面会時間のことを伝えます。秘書からお2人に確認の電話がいくと思います。よろしいですね?」
バーバラもスティーブも、同意を示す言葉を呟いた。
「オーケー・・・それでは、私のほうから、にさん、お話をさせてください」 ヒューストン氏は落ち着いた口調で話した。
「まず第一にお伝えしたいことはと言うと、それは、この場では私は事実しか受け入れないということです。それは当然だと分かっていただけると幸いなのですが。お2人の間で行われるすべてのコミュニケーションにおいて、完全に、100%、誠実になることが基本となるべきなのです。でないと、お二人の夫婦関係を元通りの軌道に乗せるにさせる可能性などありえません。その点は理解いただけますか?」
ヒューストン氏は、バーバラを見て、次にスティーブへ視線を移し、さらに、またバーバラからスティーブへと同じ視線の動きを繰り返し、2人を見た。
「私は、それで結構です」 スティーブは明言した。バーバラも頷き、同意した。
「よろしい! ・・・では、始めることにしましょう」
ヒューストン氏は、両手を擦り合わせた。まるで、これから3人で始める旅を楽しみにしているような仕草だった。
「さて、奥さん・・・奥さんにとって、ご主人との夫婦関係にとって最も破壊的と感じている問題をお話いただけますか? 一番大きな問題を一つ。・・・お2人がここに来ることになった、問題のことです。それは、何だとお考えですか?」
バーバラは、これを質問されるとは考えていなかった。しばらくの間、ただ、うつろにカウンセラーの顔を見ている時間がすぎた。
「・・・私は・・・彼が・・・あ、つまり、私は大きな間違いをしてしまったんです。この問題の男性と会ったということが間違い。夫は、私たちが一緒にいるところを見つけた。そして、考えられるうちで最悪のことが起きていると見なし、私とその男性を攻撃したのです」
バーバラの声は、話しが進むにつれて、力が増していた。
スティーブは、熱くなって反論しようとしたが、留まった。ヒューストン氏は手のひらを彼に向けて見せ、制止した。
「ご主人、お願いしますよ。奥さんに、奥さんの見地から問題をはっきり説明する機会をあげてください。ご主人の見解は、その後、お聞きします。事態について、あなたがどう感じているか、それを奥さんに伝える時間は、好きなだけ用意しますから。よろしいですね?」
スティーブは深呼吸して気持ちを落ち着かせ、目を閉じた。唇を噛みながら、頷く。
「ありがとう・・・。みんながルールに従えば、すべてが、ずっと滑らかに進行するものです。では、バーバラさん、お話を続けてください」
「はい・・・まあ、基本的には、さっきの通りなんですが・・・」
バーバラは、頭の中で何か整理するため、また少しだけ沈黙した。
バーバラは続けた。
「確かに、私は間違ったことをしてしまったとは思います。あの日、あそこにレイフ・・・その男性の名前ですが・・・彼と行くべきではなかったのです。・・・で、でも、万が一、私が何かひどい間違いを犯すことになっていたとしても、それをする前に、夫が現れたおかげで、結局、何も起きなかったんです」
「・・・それに、私・・・夫は、私が感謝しても、聞いてくれないんです・・・私自身は、スティーブが思っているようなことは何もするつもりはなかったと思っていますが、ともかく夫が現れてくれたおかげで、何も起きなかった。そのことを感謝して、私は夫にとても嬉しかったと言ったのですが、信じてくれようとしないんです。・・・実際、彼・・・レイフとは一切、性的なことはしないつもりでいたのですから・・・」
そこまで言って、再び静かになった。
「奥さん、お話はそれですべてですか?」
ヒューストン氏の問いに、バーバラは頷いた。
「ただ、1つだけ。それは、私は夫を愛しているということです。私が愛しているのは彼だけなのです。夫は信じてくれませんが・・・それに、私は、夫と2人で、このことを過去のことにし、元通りに戻り、一緒にこれからの人生を歩んで行きたいと、それだけを願っているんです。・・・最大の問題は、夫が、私のことを信じてくれず、私がこのようなことを二度とする気がないということを理解してくれないことなんです」
「実際、そのときのことを見てみたら、何も起きていなかったことが分かるはずです。確かに他の男性と一緒にいましたが、その人とセックスしたわけではありません。夫には、その点が分からないんです。・・・そう、夫は理解しようとしない。誰に聞いても同じことを言います・・・実際には起きていないこと。なのに、それをあまりに深読みしすぎて、誇張している。そこさえ理解してくれたら、私たちはもっと幸せになれるのに」
バーバラは、そこまで述べて、話は終わりといった身振りをして見せた。ヒューストン氏はスティーブに目を向けた。
「ご主人? ご主人は奥さんとの夫婦生活で、一番の問題は何だとお思いですか?」
「妻が、他の男性と・・・何と言ったらよいか・・・他の男性と不適切な関係を築くところです。妻は、本来、夫である私に向けるべき、尊敬の気持ち、時間、愛情、セックスを、他の男性に与え、その上、自分の行っていることについて、私や他の人に嘘をついています」
スティーブは、物静かに語った。彼には、バーバラが語っていた間、考えをまとめる時間があった。
少し間を置き、スティーブは話を続けた。
「今回が、妻が私に背いた3回目になると思います。彼女が、私たちの間に他の男を割り込ませた、3回目のことになると・・・私が名前と顔が分かるのだけを数えれば3回目。誰だか分からない男も混ぜれば、4回目になるとも思っています」
「すべての兆候は、私が3月から4月にかけて長期の出張に出て、それから帰った頃に出ていました。愛する妻は、私のそばにいるのに我慢できなくなったのでしょう。私と話しをしようとしなくなっていたし、私と愛し合うことも拒否するようになったのは確かです。・・・でも、その時点では、私は、妻が浮気をする現場を見たわけではなく、ただ、これで3回目だなと数えていただけ。とは言え、3回というのは、もう充分すぎます。私について言えば、この結婚はすでに終わっています。バーバラなら、一緒に遊びまわれる、誰か他の男を見つけられるでしょう」
スティーブは、淡々と述べた。
バーバラは、夫が説明をするのを聞きながら、口をあんぐりと開けていた。スティーブが話しを続ければ続けるほど、激しく頭を振り出すようになった。
「違うわ」 きっぱりとした声でバーバラが口を挟んだ。「それは事実じゃない!」
ヒューストン氏が、バーバラに、スティーブが話している間は静かにするよう、頼もうとしたが、彼が口を挟む前に、スティーブの方が先に口を挟んだ。
「サッド・ブラウン・・・僕たちがデートをしていたときのこと」
スティーブはそう言って、右手の人差し指を立てて見せた。
「・・・僕たちがステディーな関係になると決めた1週間後、僕は君が彼にキスをし、抱きついているところを見たんだよ。実際にセックスをしているところは見ていない。だが、あの金曜日、君が僕とのデートを断って、高校時代の昔のボーイフレンドに会っているのを見ただけで、充分すぎることだった」
スティーブはカウンセラーの方を向いて話しを続けた。
「・・・その後、私はたちは半年ほど、別れたんです」
「・・・それから、二人目!・・・ジミー、それが、そいつの名前・・・去年のクリスマスの直前のことだ」
スティーブは再びバーバラに向き直って話した。まっすぐに伸ばした人差し指に、中指も加えて、立てて見せる。
「・・・この時も、実際にセックスをしているところは見ていない。だが君とあの男は、互いに、愛情がこもった目のやり取りをしていたし、軽く触りあったり、僕を揶揄するジョークに一緒に笑っていた。僕の目の前でね!」
スティーブは荒々しく言葉を吐き続けた。
「それでも、僕は、あのパーティの夜に君が示した軽蔑的な態度を我慢しなければならなかった。これからは、どうか分からんがね。ともかく、あの夜・・・あの男の叔父さんに当たる人があいつを追い出した後だが、それでも、君は、あのバカのことが話題になると、あいつの肩を持ったのだよ。夫を無視し、夫に反する立場の男の肩を持ったんだ。まったく!」
ヒューストン氏が割り込もうとしたのを見て、スティーブは手を出して、止めた。
「ヒューストンさん、いま述べたことは、彼女は初めて耳にしたことではないのです。私は、しょっちゅう口やかましく言う男ではありません。ですが、論点をはっきりさせるために、あえて言っているのです。・・・それに、こんなことを言い出したことを謝るつもりもない」
スティーブは話に戻った。
「・・・そして3人目。・・・それがレイフ・ポーターだ」
スティーブは、言葉を強調するように、2本の指に加えて薬指も立てた。
「今回は・・・今度ばかりは、僕は、君があいつとかかわっていることを示す写真の証拠を手に入れた。君は、あいつと触れ合ったり、あいつを愛撫したり、キスしたりするところ・・・要するにいちゃつきあっているところだが・・・そういう場面を、少なくとも2回は捕らえられているんだよ」
スティーブの声は強張り、かたくなな調子だった。
「・・・この3回!! 以上が、君が・・・人間関係と言ってよいか夫婦関係と言ってよいか・・・僕たちの間の信頼関係を裏切った3回だ。僕の知っている限りでの話だがね。バーバラ? 君は連続浮気魔だ。もう習慣になってしまっている。はっは! もう、勘弁だよ! 3ストライクでアウトなんだよ!」
スティーブは語気を荒げて言い放ち、ヒューストン氏の方へ顔を向けた。
「・・・ヒューストンさん、あなたは、一番の問題は何かとお聞きになられましたね? まあ、その答えは、単純です。妻は、結婚式の誓いの時、僕を愛し、敬い、慈しむと誓いました。その誓いをしておきながら、彼女は、誓いのすべてを破ったのです。私を裏切り、2人の夫婦関係を台無しにし、嘘をつき、隠れてこそこそと私をだまし、不倫を重ね、私より他の男を持ち上げた。私は、もはや、こういう状況を我慢することができないのです。あの学生時代に、彼女が私に隠れて浮気をしたとき、あの時すでに私は彼女と寄りを戻すべきではなかったんだ」
「・・・まったく、俺はバカだったよ」 スティーブは苦々しく言った。「こんな女を愛し、彼女も俺を愛していると思っていたんだから!」
スティーブは、あてつけがましくバーバラの方に体を傾け、顔を付き合わせんばかりに、彼女の顔の前に押し出した。
「・・・アハハ、だけど、心配には及ばないよ、バーバラ」 今度は、ふざけた調子で続けた。「もう、僕も学習して、君のことは愛さないようにする。実際、日々、毎日、徐々に、良くなっているんだ。だから、もうすぐ、僕は、これっぽっちも君のことを愛さないようになれると思うよ」
悪意が篭った声だった。バーバラは、夫の放つ言葉や声の調子に込められた激しい感情にひるんでいた。
「・・・僕は君を信用しない。率直に言って、君は嘘つきのアバズレ女だ。誰も、君が言う言葉を信じることなどできないさ。あいつと公園でセックスする気はなかった? あれは嘘。君は、あいつとヤルつもりだったんだよ、最初から! 僕が目にしたことすべて、ビデオに写っていることすべて、君の真意を物語っている。それにもかかわらず、君は、あいも変わらず、否定し続けてるけどね」
「・・・それに、君は、あいつと一度もセックスしたことがないと言っていたが、それも僕は信じていない。あの庭園でのパーティだか何だか知らんが、あそこで、あいつが、あからさまに君の太ももの奥に手を入れていたところを写した写真があるんだよ。あいつの手は君のスカートの中に入っていた。そして、あの公園。あそこで君を捕まえた時、あいつはズボンを足首まで降ろしていたんだ。さらに下着からは、一物が出て、外にぶら下がっていた」
「・・・君が僕のことをバカだと思うか、君自身がバカなのか、そんなことは分からない。だが、男というものは、他の男の妻を相手に、たった2、3回会っただけで、ズボンを降ろしたり、その人の体を触ったりはしないものだ。ということは、お調子者のレイフ君は、すでに君とセックスしていたのさ。分かるんだよ。最初は秘密のことだったろうが、あの写真やビデオで、はっきり、明るみに出てしまったんだ。あの日、あいつが車に君を乗せて公園に向かった時、あいつは、望むことがヤレると、この上なく自信があったはずだとね。あいつには、あの公園で、君がアレをしてくれるはずと思える充分、現実的な理由があったんだよ・・・それはつまり、以前にもセックスをしたことがあるから。その実態があるから、あいつには自信があった。そうじゃないのか。だから、もう、あいつとはセックスしてません、なんて嘘を言うのはやめてくれ。君たちがやったのは、明らかすぎるほど明らかなんだよ」
スティーブは話しを続けた。
「・・・君が、口を開くたびに嘘をついてるのは分かっているんだ。これからの人生を一緒に進んでいきたいだって? そんなことは言わないで欲しい。君が望んでいることは、すべてを包み隠して、何事もなかったようなフリをしたいということだろう。だが、今回は、そうは行かないよ」
スティーブは感情的になっていた。
「・・・君は何て言ったっけ? えぇ? 何て言ったんだ? ああ、そうだ、僕が、この件を大ごとに捕らえてるとか・・・そんなことを言ったね? え? 君も、君の父親も、母親も・・・おばあさんもだったか・・・忘れてしまった・・・ともかく、みんなで、僕が過剰反応していると言っていた。その言葉に、僕は吐き気を感じている。僕は、君の嘘、君の不倫、君の裏切り、君のごまかし、そして僕に対する敬意の欠如について反応しているだけだよ。そういうのは、過剰反応とは言わない・・・君という人間がどういう人間か、それに関して反応しているだけだ」
そこまで言って、スティーブは大きく息を吸い、そして吐いた。そして椅子に深々と座った。奇妙なことに、この時ほど気分が晴れ晴れしたのは、この数週間、なかったことだった。多分、このように、公平な第三者の前で個人的な問題を述べつくすことには、何か特別な効果があるのだろう。ここには、バーバラの家族はおらず、彼女の一方的な味方をされたり、しょっちゅう彼女の弁護に回られたりすることはない。
「・・・以上です」
スティーブは穏やかな声で言い、カウンセラーを見た。長い沈黙が続いた。
ようやくヒューストン氏が口を開いた。
「オーケー。私たちが今、どのあたりにいるか分かりあえたようですね。今夜はここでやめるのが良さそうに思います。来週、お2人それぞれに、個別に会う時間がありますし、木曜日にはご一緒に会う時間があるわけですから・・・お2人には、ぜひ、相手が提起した問題点について、1週間かけて、よく考えていただき、相手が困っている問題点を、どのように解決できるか、それを考えてきていただけると幸いです」
「ちょっと待ってください」
バーバラが口を挟んだ。
「私には? 私には、言う機会が与えられないのですか?」
ヒューストン氏は静かな口調で言った。
「奥さん? 奥さんにはすでに話していただきましたよ。お2人の関係において、最も大きいとお思いの問題について、奥さんに意見を頂きました。同じように、ご主人にも語っていただきました。今、私たちにできる、最も良いこととは、お2人双方に、相手が抱えている問題を解決する方法を見つけ出そうとしてもらうことなんです。相手の身になって。どちらも、ご自分の見解を弁護する必要はないんですよ。それぞれ双方の心の中に、それぞれが重要な問題と思っていることが存在している。それを双方が知るだけで充分なんです。まずは、最大と考えられている問題。それを取り除かなくてはいけません。それをして、ようやく、お2人、それぞれが抱いている他の問題の解決に向けて進むことができるんですよ」
「正直にね」 スティーブが口を挟んだ。「こんな言葉を言う必要などないんだが」
バーバラはカッと気色ばんだ。心の中の火が燃え上がり、目の表情に表れていた。
「もちろんです、ご主人」 ヒューストン氏は穏やかに言った。「それは了解していただいてますよね。お二人を悩ませていることに答えを見つけるのに、それ以外の方法はありません。よろしいですね?」
スティーブは、しっかり頷いた。
バーバラは、ヒューストン氏が夫の味方のように振舞うのが気に食わなかったが、何か反論すると、自分を愚かに見せてしまうことになるのに気付いていた。彼女も、億劫そうに、頷いた。
********
リディアが鋭い口調で訊いた。
「何だい、それは? クリスマス・パーティがどうしたんだい?」
祖母の居間、バーバラは安楽椅子に座っていた。リディアは近くの大きなソファにちょこんと腰掛けている。最近、バーバラはノニーと彼女が呼ぶ祖母のところで過ごすことが多くなっていた。父親の態度は徐々に頑なになり、スティーブの味方につくことが多くなっていた。バーバラにはそれが理解できなかった。父親というものは、他の者でなく、娘の側に立つべきものと思っていたから。
母親も疑念を抱いているようだった。母親は、どうして、このポーターという男と募金パーティにいたのかとバーバラにしつこく訊き続けていたし、あの公園で、バーバラがその男と服を脱いだような格好で一緒にいた事実には、正直、呆気に取られていると言ってよかった。バーバラは、おばあちゃんなら、自分の見方をもっと受け入れてくれるだろうと期待していた。
金曜の午後、バーバラには他に会える人はいなかった。妹のキムは、あからさまにバーバラに敵対的で、おとといの夜、電話でバーバラに、スティーブはどんどん先に進んで、離婚に持っていくといいわと言っていた。バーバラはスティーブのような男性に相応しい女じゃないとすら言っていた。
このような状態は,バーバラにとって,非常に不安な状態だった。彼女は、これまで、家族の積極的な支えを受けずに、深刻な事態に対処したことが一度もなかったのである。
「え?・・・ああ、あのパーティのことね」 バーバラは、つまらないことと言わんばかりに答えた。
「まあ、そうねえ・・・去年、スティーブと、私の職場の人が集まったクリスマス・パーティに出たの。その時、スティーブは私がジミー・ロバーツに関心を示しすぎると思ったらしいのよ。実際は、そうじゃないのに、彼はそう思ったのね・・・そして、ジミーが話してくれたジョークに、彼、腹を立てて、バカみたいにパーティの雰囲気を悪くさせちゃったのよ。まるで、高校生みたいに、ジミーに外に出ろ、話をつけてやるって、そんな風になったのよ。・・・信じられる? しかもジミーはレイノルズさんの甥だというのに。・・・というか、レイノルズさんの奥さんの甥だけど。とにかく、ジミーは会社では大切な人物なの。なのにスティーブは彼に失礼な態度を取ったのよ」
リディアは、しばらく黙って、孫娘の説明を咀嚼した。バーバラにどんなジョークだったのかを尋ね、バーバラがジョークの要点と、ジミーがスティーブに対して言った「楽しい」からかいのことを話すのを聞き、顔を曇らせた。話しが終ると、リディアは立ち上がり、オットマン式の大きなソファを押して、バーバラの椅子に近づけた。
「で、話しておくれ・・・お前とそのジミーって人と近く座っていたと言ってたけど、このくらいかい?」
「ええ、確かに、そう、このくらいね・・・。でも、彼は、何て言うか、ボスの甥なのよ」
リディアはバーバラの言い訳に、ふんと鼻を鳴らしたが、このことは脇に置くことにした。
「分かったわ・・・それで、お前とそのジミーは、体が触れ合っていたのかい? そもそも、どうして隣り合って座ることになったんだい? ジミーには連れはいなかったのかい?」
バーバラは、少し驚いた口調で答えた。
「ん・・・彼には連れの女性とかはいなかったと思うわ。よく知らないけど・・・あ、ジミーは、あの大きなホールに入ってきて、後から私の隣に座ったんだった。何も変わったことはなかったわ。ジミーとは何度もランチを一緒したことがあったし、そういう時も、彼は私の隣に座っていたから。誰も、そのことについて何も言わなかったし」
「なるほど・・・で、体は触れ合っていたのかい?」
「いいえ。・・・まあ、時々、そうなっていたかも・・・でも、ただおしゃべりしていただけなのよ」
リディアは溜息をついた。そして、さらにオットマンをバーバラに近づけた。
「彼は、こんな感じだったわけだね?」
リディアは孫娘の方に体を傾け、バーバラに近い方の肘掛に腕を乗せた。
「そうなのかい?」
「え、ええ、まあ・・・でも・・・」
「そして彼は、お前にしか分からないようなジョークを言っていた。・・・彼とお前だけが笑っていたんだね?」
「ええ、まあね・・・多分・・・でも、おばあちゃんは、何か大ごとのように考えてるけど、そうじゃないのよ」
「・・・そうやって笑うときが何度もあった・・・ジミーは、低い声で話すことが多かった・・・ちょうど、お前が特別な人なので、お前だけに聞えるように話しているみたいに」
リディアは、質問をしながら、声を低くし、さらにバーバラの方へ体を傾けた。指で孫娘の腕を撫でる。バーバラも、祖母が話すことを聞くため、無意識的に、リディアの方へ体を傾けていた。
突然、バーバラは、自分がしていることに気づき、はっと顔を赤らめた。
「ノニー!」
バーバラはさっとリディアから体を離した。リディアはくすくす笑ったが、その笑い声には、ユーモラスな調子はほとんどこもっていなかった。
「ジミーがお前に口説きかけていた時、お前がちゃんと身を引いて見せていたら、スティーブもそんなに怒らなかったんじゃないのかね?」
「でもジミーは何も私を口説いてたわけじゃ・・・」
だがバーバラは途中で言葉を打ち切った。急に何か考え事をし始める。リディアは、ただバーバラを見つめるだけで、沈黙が続くままにした。
「・・・ああ、そうなのね・・・ジミーはその気だったのね」 長い沈黙の後、バーバラが言った。
「そうだと思うよ」 リディアは、素早く相槌を打った。「そして、ジミーは、お前の夫の真ん前で、そういうことができるとも思っていた。さて、そこでだけど、どうしてジミーは、そういうことができると思ったんだろうね? お前に分かるかい?」
バーバラは返事をしなかった。
リディアが明るい声の調子で続けた。
「こんな想像がつくんだけどね・・・つまり、お前がいつも彼とランチを食べていたから・・・彼が話すジョークを、お前がいつも笑って聞いていたから・・・あるいは、お前はジミーと、二人にしか聞こえないような、小さな声で話すのが好きだったから・・・それも二人しか分からない話題だったから・・・」
「・・・お前がスティーブについてジミーに愚痴を言っていたからかもしれないね・・・スティーブに腹が立ったときとか、お前がして欲しいことをスティーブがしてくれなかったときとか・・・ジミーは、スティーブのことを男として一種、笑い者にできる対象だと考えたかもしれないよ・・・ちょろい相手だと・・・ジミーが、好んで自分が属していると思っている人間集団のことを思い、スティーブのことを、そういう集団にいる人間ほどは頭が切れないと思ったかも・・・そして、お前も、そう思っていたんじゃないのかい?・・・お前は、自分はジミーの思う人間集団に属していると思っていたんじゃないのかい?・・・そしてスティーブは、そこには属していないと?」
バーバラは不愉快そうに祖母を見た。小さな声で答えた。
「ノニー? 誓っても良いけど、私はジミー・ロバーツと、間違ったことは決してしなかったわ。決して、前も、その後も・・・」
「でも、お前はすでに、まちがったことをしたんじゃないのかい?」 リディアが口を挟んだ。「スティーブはジミーのことを何て呼んでいたっけ? ジミー坊や? えーっと・・・ちょっとスティーブみたいな口調になってきたわね・・・まあ、ともかく、お前が最初に、そのジミー坊やとやらにスティーブをさげすむようなことを言った時、その時、お前はすでに自分の夫のことを『バカに』していたんだよ。そして、その後、お前がジミーとランチに行ったり、仕事帰りに会ったり・・・それにディナーを食べたりかい?・・そういうことをし始めたときに、またもスティーブのことをバカにしてしまっていたんだよ」
バーバラは、ジミーとディナーを食べたんじゃないかと言われた時に特に激しく頭を振った。
「まあ、細かなことは、気にしないことにしましょう。でもね、ジミーが、スティーブは間抜けすぎてジョークが分からないんだといったことを仄めかした時に、お前も笑ったんだろう? その瞬間、お前はまたもスティーブをバカにしたのだよ。この時は、本当に手酷くバカにしてしまった」
「でも、あれはただのジョークだったのに・・・」 バーバラは泣きそうになっていた。「吹き出しそうになってしまって・・・」
リディアは断固とした口調で言った。
「あれはジョークなんかじゃないよ、バーバラ。ジミー坊やは、お前の周りにちょっとしたフェンスを築こうとしていたのさ。他のみんなからお前だけを隔離しようとね。何より、お前の夫から隔離するのが重要だった。そうやってお前を自分のものにするチャンスがかなりありそうだと、そうジミーに思わせてしまったのは、お前自身なんだよ」
バーバラは、リディアの言葉に驚いた顔で、見つめた。
「でも、ノニー、そんなんじゃないの・・・全然、そんな深刻なことじゃなかったのに。スティーブは悪い方に解釈しただけ、それに・・・それにあんな風にカッと腹を立てる必要などなかったのに・・・」
リディアはふんと鼻を鳴らし、落ち着いた声で応えた。
「バーバラ? ジミー坊やが、スティーブは、あのジョークを理解できるほど賢くないと思ったと言った時、お前はどうして、自分の夫は、近々、建築工学の学位を取得すると言ってやらなかったんだい? そのことが、お前の心に最初に浮かぶことじゃなかったのは、どうしてなんだい?」
リディアの声は優しかったが、同時に、責める調子も含んでいた。
「・・・どうして、自分の夫が攻撃されている時、彼を守ってあげなかったんだい? ・・・その代わり、そのジミー坊やの方の肩を持ったのはどうしてなんだい?」
バーバラは、やるせなさそうにリディアから顔を背けた。何か考えようとしているのか、額にしわを寄せている。祖母に、そういう風に言うのは間違っていると示すにはどうしたらよいか、見つけようとしていた。だが、バーバラの口からは、何も言葉が出てこなかった。
「いいかい? バーバラ。よこしまなことは考えないこと。まっすぐに考えて、その結果をすぐに形にする。いいね?」
リディアは、多少そっけなく、そう言い、立ち上がって、オットマンを元の場所に押し戻した。
「そんな深刻なことじゃなかった、って思ってるのかい? いいかい? 私が若かった頃だったら、もし私がそういうことをしたら、夫は銃を持ち出して、会うなりジミー坊やを撃ち殺していただろうよ」
リディアは、自分の言葉に、夫のことを思い出してしまったようで、急に悲しそうな顔になった。彼女の夫のハンクは、7年前、釣り旅行に出かけ、2度と戻らぬ人になってしまったのだった。ハンクを発見したのは1週間後だった。彼は、川べりで、リディアの古い写真を握って死んでいた。心臓発作のため、上着の内ポケットから写真を取り出すしか、時間がなかったのだろう。リディアはハンクの死をひどく悲しんだ。
リディアは、立ったまま、孫娘を見下ろした。
「そして、撃ち殺したとしても、そのパーティの席にいた誰もが、夫に、自分の妻にクンクン鼻を鳴らして言い寄る男について問題を見事に解決したのだと、彼に握手を求め、祝福したはずだろうよ」
「いいかい、バーバラ。ちゃんと私の言葉をお聞き。私はお前のことを愛しているんだよ。お前はもっと自分のことを考え直さなきゃだめ。さもないと、彼を失うことになるよ。私には、スティーブがどんなタイプの男か、分かる。彼は、お前がしていることに我慢できるタイプじゃない。それは確かだから」
バーバラは祖母を見上げた。彼女は、ノニーから、このような言葉を、いや、非難と言える言葉を聞いたことがなかった。心にぐさりと刺さった。バーバラには何も言い返せなかった。