「報復」 第1章 (3/3) 2/3

確かに、スティーブは、知りたいと思っていたことのいくつかは裁判所の記録から入手可能であることは知っていた。彼女が言及した住所録は聞き覚えがなかった。その住所録が話に出てきたのは、彼が知りたがった情報の中に、ポーター家に住む者全員の名前、住所、電話番号、Eメール・アドレスが含まれていたからだった。スティーブは肩をすくめた。

「多分、自分でできるものもあるとは思っています。ですが、公開されている情報とは思えない情報も知りたかったので。・・・そのような情報を、プロらしく手際よくまとめた報告書を作ってくれたら、あなた方にお支払いする用意はあるのです」

特に最後に言った言葉は事実だった。5月の初旬、バーバラは個人用の預金口座を開設した。それを受けて、スティーブは、それまでの共用の口座を閉じ、自分専用の口座を開いた。そのことで2人は口論になったことがある。・・・口論の主な原因は、家計の出費に関して、バーバラに、以前同様に彼女の分担分を支払い続けるようスティーブが要求したことだった。スティーブには見抜くことができなかったが、何らかの理由で、バーバラは、スティーブが古い口座をそのままにしておき、家計のすべてを彼の方で扱ってくれるものと考えていたらしいのだ。この出来事が、この半年、バーバラが見せた不可解な判断の唯一の出来事というわけではない。だが、この件は、その時のスティーブの心に特に印象深く思えた出来事だったのである。

この2、3ヶ月ほど、スティーブは、すべての給与と、彼女が知らない2回の臨時の収入をすべて、彼女がアクセスできない口座へと振り込んでいた。

担当者が言ったとおり、求めている情報収集は、技術的に言って、彼自身でできる仕事と言えるかもしれない。だが、そういった仕事を探偵事務所に肩代わりして行ってもらうだけのお金は容易に準備できていたのである。

調査員の女性は、頷いた。彼女は、どうしてもこの顧客に可能な選択肢を教えておきたいという衝動を感じたのだった。だが、ともかく、彼女たちがこの仕事をしているのは、お金をもうけるためであるのは事実。彼女は、喜んで、この仕事をスティーブに代わって行うことにした。

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48時間後、スティーブは、ラファエル・ポーター氏とポーター夫人、それに彼らそれぞれの上司の電話番号を入手していた。ポーター夫妻のそれぞれが勤めている会社の職員に加えて、バーバラが働いている会社の職員も、2、3人ほど、事情をかんがみてか、所有しているEメール・アドレスのリストを快く提供してくれた。調査会社は、それぞれの個人のEメール・アドレスブックを3、4人分調べた。そして、ポーター夫妻とバーバラのそれぞれが働いている会社の全職員について、その自宅と職場のEメール・アドレスを事実上すべて網羅できたと判断した。

スティーブは、ポーター夫妻が所有している3台の車のすべてについて、ナンバープレートの番号、登録情報、車種の情報を得た。加えて、ポーター家の住所と職場の住所も得ている。調査会社から送られた報告書には、おそらくスティーブが決して使わないような山ほどの情報に加え、ポーター氏とポーター夫人、それぞれの、仕事上の生活と私生活の両方について、手際よくまとめた文書も含まれていた。

その情報の大半は、公的な領域にすでに存在している記録から、少しずつ収集されたものだった。恐らく、その情報には、厳密に言って、ポーター夫妻やバーバラが働いている会社の職員でない人間や、彼らが所属しているクラブや組織とは無関係の人間に知らされるようには、想定されていないものが含まれているだろう。だが、そのような情報に含まれる住所を知ったり、Eメール・アドレスにメールを送ること自体は違法ではない。

「報告書」は10センチ近くの厚さのバインダーに綴じられており、その情報をすべて吸収するには、さらにもう2日ほどかかった。スティーブは、その2日間、仕事を休み、図書館に行って、報告書を読みふけった。その程度の期間なら、彼が職場を離れても十分なほど、新ビルの建築ははかどっていたし、スタッフの組織化も整っていた。スティーブは、写真、記述、その他のデータを頭に入れ、すべてを十分に把握した。

スティーブは、書類を見ながら、この数日、常に彼にくっついて離れない鈍い怒りが、間歇的に、最大級の激怒に燃え上がるのを感じた。そのたびに彼は、それが完全に外に現れてしまわぬよう気持ちを抑制した。

彼は、入手した情報すべてを持って、バーバラと対決したいと思った。もっと言えば、バーバラの意表をついて、突然にこれを持ち出し、彼女を驚かしてやりたいと思っていた。彼は、イメージを思い浮かべては、内心喜んだ。彼女がバカな男と思い、影で不貞を働き、裏切り続けた夫。だが、その夫は、彼女が思うほど間抜けではなかったと見せ付けてやるのだ。そのとき彼女の顔に浮かぶショックの表情。スティーブは、それを見たくて待ちきれない思いだった。

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スティーブはバーバラのオフィスに向かっていた。昼休みに差し掛かっていた。彼女を、どこか手早く昼食をとれるところに誘おうと思っていた。そして、バーバラに、彼女の裏切りがばれていることを知らせるのだ。

バーバラの職場の駐車場に車を入れたスティーブは、反対側の出口から最新型のフォード・サンダーバード(参考)が出て行くのを垣間見た。

スティーブは、ポーターが最新型のサンダーバードを持っているのを知っていた。それはシルバーの色で、今、駐車場から出て行ったのも同じ色だ。これは単なる偶然だろうか? それにしてはできすぎている。スティーブは車が並ぶ通路を走り、反対側の出口に出た。そして、その先の大通りに目をやる。あのサンダーバードが走り去るのが見えた。彼は自分の車に戻り、追跡することにした。

サンダーバードに追いつくのにさほど時間はかからなかった。追いつくこと自体は難しくはなかった。だが、スピードを上げ、赤信号を2回無視し、遅い車をかわすためにレーンを何度も変えなければならず、その時には心臓がどきどきしていたのは事実だった。半ブロックほど先の第1レーンに、問題のサンダーバードを見つけた。彼は、車のスピードを落とし、しばらくの間、その間隔を保った。しっかりと落ち着かねば。

次の信号で止まったとき、スティーブはスポーツ・バッグからデジタルビデオを取り出し、その望遠機能を用いて、問題の車に乗っている者たちをチェックした。ファインダーの中、バーバラの姿が見えた。間違いない。信号が赤から青に変わるまで、録画のボタンを押していた。信号が変わりサンダーバードが発進する直前、車の中、彼女は男の頬にキスをし、親しそうに彼の頬を軽く叩いた。

交通量の多い道ではあったが、スティーブは徐々に例の車との距離を縮めていった。そして、あの不倫をする2人が乗る車の斜め後ろ、3、4台ほど間を置いた第2レーン上に来たところで距離を縮めるのをやめた。

たいていの人々は、誰かに尾行されてるのではないかと、ミラーをチェックするようなことはしないものだ。ラファエル・ポーター氏もその一人だ。彼とバーバラ・カーティス夫人は、尾行する者がいないかチェックすべきとは思っていなかったのだ。

サンダーバードは、市内を流れる川に沿って作られた市立公園に入っていった。そして、川の流れのそばまで行き、そこで止まった。周りを取り囲む木々のため、道路からは見えない位置である。

スティーブは車を一種の物置と思われる建物の後ろに止めた。その物置は低い建物だった。車高が高いピックアップに乗っているおかげで、座席から背伸びせずとも、物置の屋根越しに向こう側がかろうじて見える。

スティーブはビデオカメラを手にし、再び録画を始めた。時々、ピントがちゃんと合っているか、画面の真ん中にあの2人が写っているかを確かめる。

バーバラとミスター・馬鹿ポーターの2人はしばらくおしゃべりをしていた。キスが3回か4回。早くも軽いキスを始めている。その後、キスは熱を帯び始め、時間も長くなっていった。

バーバラが身を屈めるのが見えた。次の瞬間、彼女は何かひらひらした白いものをダッシュボードの上に放り投げた。それを見たスティーブは、それまで封じ込めてきた怒りを突然、爆発させた。

車のエンジンをかけ、ギアをローに入れた。物置の陰から車を出し、アクセルをいっぱいに踏む。車はゆるい坂を下り、あっという間にサンダーバードの後ろにつけた。

彼は、怒りが突然息を吹き返したとき、何をするつもりか、自分でもまったく考えていなかった。だが何かをしなければ気が治まらなかった。スティーブは何か計画していたわけではなかったし、ましてや、結果がどうなるかなど考えたてもいなかった。だが、車をサンダーバードの後ろにつけたとき、何をするかはっきり心に決めたのである。

彼はブレーキを強く踏んだが、それで巨大なラム・チャージャーの勢いを完全に殺せたわけではない。彼の車の強化フロント・バンパーは、サンダーバードの後部にある低いバンパーには不釣合いだった。スティーブの車のバンパーが、あっという間に、相手の車のバンパーに乗り上がった。サンダーバードのトランク部にあたる薄い金属部は、スティーブが前進するのに伴って、歪み、へこんだ。

スティーブは、ギアを4輪駆動のモードに切り替え、アクセルを踏み込んだ。それに押された相手の車は、ゆるい坂をじわじわと下り始め、前方にある緩やかな川の流れに進んでいった。ラム・チャージャーのボンネットの中には数百馬力のエンジンが入っている。その力をすれば、より小型のシルバー色のクーペを、恐怖のあまり死に物狂いになっている2人の乗客もろとも、川の中へと押し、そこに落とすのに十分だった。

スティーブには、エンジン音の唸り声に混じって、あの2人の声高な叫び声が聞こえていた。スティーブの口元に笑みが浮かんだのは1週間ぶりだった。ただし、悪意に満ちた笑みである。彼は、サンダーバードの車体の側面が水につかるまで、押し続けた。そして、最後の一押しを与えた後、ようやくアクセルを戻す。ギアをバックにいれ、ゆっくりと川からバックした。

ピックアップのタイヤが4本とも、乾いた大地の上に戻ったのを確認し、彼は車を止め、4駆モードから解除した。ギアをパークにいれ、エンジンを切る。それから、床に置いておいた布を拾い上げ、それを使ってビデオカメラをダッシュボードの上に固定した。川に沈んでいくサンダーバードが中心に写るようにセットする。それが終わってようやく、自分の行ったことを調べるため、車から降りた。

川の岸辺に歩いていき、狭い車室の中、いまだ狂ったように暴れている2人を見た。その数秒後、開けた窓から、バーバラとポーターが慌てながら一緒に抜け出てきた。2人とも水に落ち、這い上がってきたときには、鼻から水を噴き出し、目には泥が被っていた。それを拭う2人。

スティーブは、ラファエル・ポーター氏が何か怒鳴っているのは耳に入っていたが、何を怒鳴っているかなど、まったく興味がなかった。そもそも、聞くつもりがない。

彼は、ポーターがズボンを上げるのに苦労する様を眺めていた。ズボンを上げようとするたびに、その中に水が入り、元通りに履きなおすことができないのである。スティーブは、この男がどんなに苦労していても、全然気にしなかった。

むしろ、スティーブの関心は妻の方に集中していた。彼女が彼をにらみつけるのを見た。彼女は、ようやく、この男がスティーブだと気づくと、よろめくように後ずさりし、川底の穴につまづいて尻もちをついた。再びびしょ濡れになり、這い上がってきたときは、彼女はほとんどヒステリックになっていた。

「レイフ!! ああ、大変!! 夫よ!!!」

スティーブは、この妻の叫びを、彼女のセックス・フレンドに向けられた警告と解した。彼女が名を呼んだこの男は、自分が誰であるかすでに知っているのだろう。ラファエル・ポーターはようやくズボンを履き、チャックを閉めた。そしてスティーブに向かって歩いてくる。歩みを進めるたびに、何か罵っている。

「レイフ! やめて! 彼、銃を持っているわ」 バーバラが叫んだ。

レイフと呼ばれる男は、バーバラの叫びを聞くと、歩みを止めた。2歩ほど後ずさりもした。

スティーブは、無意識的に銃の握りを触っていたのだった。拳銃は、ホルスターに入れられ、彼の右側の腰に装着していた。いつもの通りだ。すでにこれは彼にとって衣服同然の所持品となっていた。何年も前から、彼は自分が武器を持っているということ自体、意識しないほどになっていた。スティーブは、嫌悪感あらわに鼻を鳴らした。この2人に銃を使う気でいたら、もうとっくの昔に使っているのだよ。

スティーブは2人の様子を見ていた。衣服は乱れ、全身、川底のぬるぬるした泥に覆われている。突然、見つけられてしまったことがもたらすショックが、浮気をしていた2人の心に湧き上がってきているのが分かる。見るに情けない2人だった。スティーブのそれまでの怒りが、突然、侮蔑感へと姿を変えた。この2人は、ぬるぬるした泥にまみれた、汚らわしく侮蔑すべきことをしていたのだ。2人が全身川の泥にまみれているのは、まさに適切、そのものじゃないか。

あたりは静かだった。緩やかに流れる川が、かすかにごぼごぼと音を立てていた。時折、ピックアップのエンジンが冷えていくときの金属音が、唐突に混じる。

「バーバラ?」

スティーブが口を開いた。彼の声はさほど大きな声ではなかったが、それでも、彼の言葉にバーバラはたじろいだ。スティーブの顔には怒りの表情はなく、むしろ無表情だった。

「バーバラ!」 再び呼びかけた。

「何?」 彼女は答えた。正直、彼女は、何を言ったらよいか、何をしたらいよいかも分からなかった。

「もう家には戻るな」 スティーブの言葉は手短だった。

「君の両親のところにでも行け。だが、決して俺のそばには来るな。分かったか?」

バーバラは頷いた。冷たい川の水をかぶり、恐れに震えていた彼女は、注意深く積み重ねてきた密かな情事の淡い夢が、いとも容易く、たった数秒で、引き裂かれてしまったことを、ようやく理解し始めたところだった。現実の手厳しい光が彼女を照らしていた。

スティーブは彼女の姿をしばし見つめていた。不快感を示す表情が彼の顔に広がる。スティーブはバーバラの連れの男に顔を向けた。

「そして、そこのポーター!」 

スティーブは、彼に聞こえる程度に声を大きくした。スティーブは自分がポーターのことを知っていることを彼に分からせたかった。

「お望みなら、警察に連絡すればよい。警察は俺を刑務所に引きずっていくだろう。だが、俺が刑務所から出てきたときには、お前の気にいらないことが起きることになるだろう。・・・それはここでしっかりと約束しておくよ」

ラファエル・ポーターは、公園に連れてきた女性の夫の話を聞きながら、身体的恐怖を感じた。高校時代にした殴り合い以来、なかった恐怖感だった。彼は何も言わなかった。今、スティーブの手はホルスターに納められている武器の近くにはない。だが、それでも、そこから目を離すわけにはいかない。

スティーブは川に唾を吐き、振り向き、ピックアップに戻った。運転席に上がり、びしょ濡れの不倫男女に最後の一瞥を送り、軽蔑して唇を歪ませた。ドアを閉め、エンジンをかけ、バックで現場から離れた。

バーバラは理性が戻ったのか、スティーブに叫びかけた。戻ってきてと叫ぶ。スティーブはバーバラを見ていた。彼女の叫び声は聞こえていたが、ただ頭を振るだけで、車をバックし続けた。彼女がどのような顔をして両親の元に会いに行くのか知らなかった。だが、それは今の彼には知ったことではなかった。バーバラとの人生は終わったのだ。彼女の面倒を見るのは、いまや、誰か他の人なのだ。


つづく
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