「報復」 第1章 (1/3) Requital Chapter 1 by Longhorn__07 プロローグ

6月中旬

不倫がばれるのには、実に様々なケースがある。電話の会話を聞かれてしまうときもあれば、パソコンのモニターに残してしまったEメールを見られてしまうこともある。携帯電話のメモリから削除せずに残ったメールのメッセージという場合も。友人や職場の同僚や家族の誰かが、道をはずれた妻や夫が他の人と会うのを目撃してしまうチャンスはいくらでもあるものだ。時に、不倫をする者が実行犯で捉えられてしまうこともある。例えば、配偶者が予定より早く帰宅してしまったときなど。それに、寝言でばれてしまうという哀れな者もいる。

少し考えてみれば分かることだが、情事がばれる方法は何千とあるのだ。例えば、スティーブ・カーチスの場合は、自分の妻の不貞を、新聞を読んで知ったのだった。

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彼は普段、新聞を読まない。ニュースは、いつもオンラインで読むか、たまに夜の報道番組で見る。スティーブの兄のジョンは、このようなスティーブの習慣について、嫌悪感を隠そうともしなかった。ジョンは、地元のフォックス・テレビ局の報道部長なのである。彼は、スティーブが地元局の報道番組を見ようとしないことを、個人的な侮辱と感じていたのだった。

ところで、歯科医院の待合室においては、男というものは、気を紛らわすためなら、ありとあらゆることをするものである。ラックにある雑誌をすべて読み漁るだろうし、天井のタイルにある穴をすべて数えたりもする。ああ、いやだ。こちらからは見えないものの、治療室から聞こえてくる、あのドリルの音。あの音から気持ちを紛らわすためなら、どんなことでもするだろう。なんなら、2日前の古新聞ですら、読み始めるものなのだ。

スティーブが新聞を読むとしたら、それは社交欄ではありえない。国内政治の欄はもちろん読むし、その後はスポーツ欄へと飛ぶ。だが、彼は、地元のお偉方の行状などにはまったく興味がなかった。

彼は、さっと求人・探し物広告の欄をすべて読んだ。実際、モーターボートの広告には興味を惹かれ、時間ができたときに調べようと、その電話番号をメモした。向こうから聞こえてくる歯医者のドリル音が、急に甲高くなった。彼は、あれは本当にドリルの音ならいいのだが、と感じた。

スティーブは、気を紛らわすため、何かしなければならなかった。そこで意に反し、新聞をめくり、上段に大きなCの字が出ている部分、つまりセレブ(cerebrity)たちの記事を載せた部分を開いた。

最初のページの折り畳みの下に、ある地元の社交界の名士の邸宅で撮影した一連の写真が載っていた。1つ目の写真は、そのイベントの開催者を写したものだった。明らかに肥満の男で、面白くもなんともない。実際には5キロほど太りすぎなのだろうが、この写真だと25キロか30キロ太りすぎのように見えてしまうと彼は思った。スティーブは、できるだけ寛容に見てあげようとしていた。

2枚目も太った主催者の写真。だが、その彼の背後、脇のところにスティーブの妻がはっきりと写っていたのである。カメラマンの位置から離れたところを歩いている姿。だが、彼女は独りではなく、連れの男に頭を傾けながら歩いている。顔には幸せそうな、いやむしろ敬愛しているような表情を浮かべていた。

スティーブは怒りがこみ上げてくるのを押さえ込もうと、ぐっと歯を食いしばった。もっと目を近づけて写真を見る。

もう1つ問題があった。大きな問題だ。写真の中、男の左腕がある角度で下に降りている。この写真は修整されているように思った。仮に修正されていないとすると、男の手はバーバラの尻を触るのにちょうど良い位置にあることになってしまう。妻は微笑み嬉しそうな顔をしている。ということは、彼女は、この男による不正な体の接触を喜んでいるということなのか?

スティーブの世界が薄暗い世界に沈み込んだ。何の警告もなく、いきなり彼はいまだ経験したことがない暗闇の世界に突き落とされたのだった。感覚が麻痺した。自分の手の感覚がなくなる。まるで死んだ人間の手のようだ。新聞が指から離れ、落ちた。新聞を持っている力さえなくなっていた。彼の周囲の光景がぼやけてきた。目にじんわりと涙が溢れていた。

考えることもできなくなっていた。脳内で何も処理されていない。視点を定めることなく、彼はぼんやりと、部屋の中、彼の直前の空間を見ていた。彼は自動操縦状態になっていたと言ってよい。思考もせず意識もはっきりせず、ただ胸の辺りに何かしこりが生まれてくるのだけを感じていた。

スティーブは、歯科医のアシスタントに名前を呼ばれ、返事した。立ち上がって歩き、アシスタントの女性が言う言葉に微笑み、椅子に座り、首の周りに紙の前掛けをつけられながら、静かに待った。彼は、歯科クリニックのスタッフの言うことを聞いていたし、協力的に振舞っているようには見えるが、実際には、その場にいないようなものだった。

スティーブの記憶の中でも、今回の歯穴の補填治療は、最も痛みが少ないものだった。文字通り、何も感じていなかったといってよい。ウィリス医師は、横倒しにしていた椅子を元に立て直した。その時までに、すでにスティーブの心の中に生まれていた氷の塊は、明らかに、その場所に永住することを決めていた。

自動人形のように動きつつ、スティーブはエレベータで下の駐車場へ降りた。だが、どこに自分のピックアップ・トラックを駐車したのか思い出せない。広い駐車場を歩き回り、車の並びのほとんどすべてを調べて周った。そして、ようやく自分の車を見つける。

大型の黒いラム・チャージャー(参考)に乗り込んだ。エンジンをかけず、かといって、何も考えず、ただ運転席に座っていた。

だが、やがて、ようやくエンジンをかける力を搾り出す。エンジンがかかった後、1分から2分もの長い間、排気音の轟音が轟き続けていた。気がつくと、彼はアクセルを目いっぱい踏み続けていたのだった。耳を塞ぎたくなるような轟音である。その音は、屋内駐車場や通路のコンクリートの壁に反響し続けていた。

この車は5年前の車である。元々の持ち主は、最初のエンジンをダメにしてしまった。そして、その後より大きくパワフルなエンジンを載せ変え、さらに微調整を行って、以前よりさらに大きな馬力を出せるように改造していた。また、彼はエンジンパワーの増量に見合うように、過酷な使用に耐えるサスペンションを付け替えたのだが、その直後、彼は脳卒中で倒れてしまったのである。スティーブは、その車を安価で手に入れた。元オーナーの未亡人が、どうしても、この車を処分したかった。亡くなった夫のことを思い出させるものを身近に置いておきたくなかったからである。

バックミラーを見ると、通路の向こう側、高級車に乗り込もうとしている男が見えた。怒った顔で、スティーブに1本指で挨拶し(参考)、走り去った。スティーブは、ようやく自分がしていたことを悟り、意識をはっきり持って足をアクセルペダルから外した。何をするのも、腹立たしいほど疲労感が伴った。彼の周り、世界が吹き飛んだような気がした。何もかも分からない。惨めさと怒りと痛みの大海にたった一人で漂っているような気がした。

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だが、こうなる予感はあった。例のクリスマス・パーティは、注意を喚起する出来事だったのだ。もっとも、あのパーティの前からすでに、バーバラが自分と距離を置こうとしているのを感じていた。そしてあのパーティとその後の口論。

あの後、スティーブは、妻に、自分がどれだけ彼女を愛しているかを示す努力を倍増させたと言ってよい。彼は何度か、バーバラの車のダッシュボードに、小さな贈り物を置いた。彼女が好きな香水が入った可愛い小瓶などをダッシュボードに置いておき、バーバラが仕事に行く前に見つけてもらおうとしたのである。それに、バーバラの会社が特に忙しくなる週など、その週の半ばに、彼女の職場にデイジーの花束を生けた花瓶を送ったこともあった。彼女への愛と献身を誓うメッセージを書いたEメール・グリーティングを送ったこともあった。スティーブは、思いつく限りの方法を用いて、妻との距離を狭めようと努力した。だが、そのいずれも上手くはいかなかった。

バーバラとの関係は、バレンタイン・デーの辺りは少し持ち直した感じだった。バーバラはスティーブに近づき、「冷たくしてて、ごめんなさい」と、「まして、あのパーティの時の振る舞いには、本当に申し訳ないわ」と言っていた。それから1ヶ月ほど、2人は親密な夫婦生活を取り戻したと言える。

その頃、スティーブは大学の夜間授業のための宿題をする習慣になっていた。いまだに授業を受けに行かなくてはならない。その授業の場では、教授自身があいまいにしか把握していない概念を、飲み込みの悪い学生たちに説明するのを、さほど注意を払わず聞いていた。あと20時間だ。そのうち16時間分は大学で授業を受けなければならない。だが、それが終われば、スティーブは終了になる。そうなれば建築工学の学士号を得ることになり、すでに約束されている昇進のための最後の条件をクリアすることになる。

そして、3月末。スティーブはワシントンに出張した。陸軍の建築工事担当をつかさどる工兵隊発注のプロジェクトの落札のために会社を代表して出向くことになったのだった。その出張自体は、土日を挟んでの2週間の出張であったが、帰路の途中で、リトル・ロックに立ち寄った。すでに2週間ほど予定から遅れている工事現場に関して、いくつか問題を解決するという仕事を任されたのである。結局、彼は3週間、家を空けることになったのだった。

出張から戻ると、バーバラが一変していた。夫婦生活にまったく興味を失っているように見えた。以前から2人の関係は冷たいものだといえたが、いまや氷のように冷え冷えしていた。バーバラは青白い顔で、体もだるそうにしていた。眠ることだけが、彼女の望みであるようにすら見えた。スティーブに対する態度もぎこちなかった。まるで彼がそばにいるのが嫌でたまらないという風にすら見えた。スティーブが出張する前に、徐々に復活しかかっていた二人の性生活は、彼が戻ってきたときにはゼロになってしまっていた。

彼は、間違っていたことが何であれ、ともかくそれを変えられるなら変えようと、あらゆる努力をした。だが、何もうまく行かなかった。ある日、スティーブは、バーバラに、笑えるようなEメールのグリーティング・カードを送ったが、彼女は、それをそのまま送り返した。付け加えられたメッセージもそっけないもので、彼の、人をコントロールするような、操作するようなやり方にはうんざりしている、私を抑えつけるのはやめて、というメッセージだった。

確かに、こういうことが、すべてこの3ヶ月ほどの間に起きたわけだから、スティーブは、内心、バーバラの浮気については覚悟していたと言える。・・・ではあるものの、実際の証拠を始めて目にし、大きなショックを受けていた。彼はもっと情報を必要としていた。新聞に載った低解像度の写真1枚では、ほとんど証拠にならない。例えば、この写真はトリミングされていると思うが、その写真のトリミングされていない全体を見てみなければ。本当にあの男の手は妻の尻を触っていたのか? 確める必要があった。

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「ジョン!」

スティーブは携帯電話に話しかけた。彼は目的もなく車を飛ばしていた。家には帰りたくなかった。帰り着く頃には、バーバラがいるはずだし、しばらく顔を合わせなければならないだろう・・・少なくとも帰り着く頃には、バーバラが家にいるはずだ。今は分からない。ひょっとして今は、いまいましい相手の男とどこかに出かけているかもしれない。

「おう、スティービーちゃんじぇねえか」 

携帯電話の向こうジョンが大きな声で返事した。ジョンは、たいていの電話機が、話し声が聞こえるのに十分な音量にセットされていることを信じていない人間の1人である。本気で、大きな声を出さなければ相手に聞こえないと信じているのだ。スティーブは、兄のジョンに電話をするたびに、音量を下げなければならなかった。

スティーブは、今回は「ちゃん」をつけて呼ばれたことに文句をつけないことにした。兄のジョンは、スティーブとは1歳2ヶ月しか違わない。だが、ことあるごとに、兄であることをスティーブに再認識させようとする。普段なら苛立たしい、そのジョンの言葉にも、今日はなぜか心がなごんだ。

「ジョン・・・」

スティーブの声が沈黙を破った。喉の奥から嗚咽の声が出かかり、なんとかして、それをこらえた。だがジョンは直ちにそれを察知した。

「スティーブ、どうかしたのか!?」

ジョンの声が切迫したものに変わった。電話の後ろの騒音が、突然、数オーダーのレベルで減少した。午後5時半の地元ニュース報道の準備をしているテレビ局。そこは、決して静かな場所ではない。ジョンはオフィスのドアを閉めたに違いない・・・このようなことは、彼がめったにしないことだ。スティーブは告白した。

「・・・バ、バーバラが浮気をしているようなんだ・・・」

電話の向こう、ジョンが悪態をつくのを聞きながらスティーブは深呼吸をした。少し気分が和らいだ。ジョンの発する悪態は何の助けにもなっていない。だが、その悪態は、少なくとも、彼の兄が、これからどんなことが起きようと自分の側についてくれるということを認識する手助けにはなってくれた。やがて、ジョンは4文字言葉のストックが尽きたようだ。

「俺に何かできることはないか?」

「『オブザーバー』紙の日曜版に写真が出てる。その写真の全体像を見たいんだ。数センチのコラム幅にトリミングした写真ではなく、写真の全体をぜひ見たい。その写真のコピーを手に入れる方法があるかどうか、あるとしてどんな方法なのか知りたい。・・・できれば高画質のが欲しい」

ジョンはしばらく黙っていた。心臓の鼓動が聞こえそうだった。長い沈黙の後、ジョンが返事した。

「ああ、大丈夫だ、スティーブ。あの新聞社に俺の知ってる男がいる。俺に山ほど借りがあるやつだ。俺がいなかったら、そいつは今の職にはありつけなかったはずだ。まあとりあえず、そいつにちょっと迷惑をかけてやることにしよう。そして結果を待つと。それでいいか?」

スティーブは腹の辺りの不快な緊張がわずかにほぐれてくるのを感じた。自分の味方になって動いてくれる人がいる。

スティーブは写真が出ていた紙面の位置を伝えた。2日前の新聞であることも。

「今は何日前の新聞であってもまったく問題がないんだ。最近は、新聞業界ではすべてデジタル化して永久保存しているからな、ただ、その俺の友達は、探している新聞の原版を見つけられないかもしれないなあ・・・ただ、写真もデジタル化しているところに可能性があるな。今の新聞社のカメラマンは、昔の35ミリカメラに匹敵する性能を備えたハイエンドのデジタルカメラを使って取材しているんだ。まあ、どんなことができるか探ってみるよ。後で、その俺の知り合いと一緒に、そっちに行くから」

スティーブはジョンに感謝し、親指で通話終了のボタンを押した。

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妻の浮気を疑ったあの最初の夜も、そして次の日の夜も、バーバラと顔をあわせ、話しをするのは困難さを伴うものだった。スティーブは根が家族思いの男ではあった。妻のそばにいたくないと感じたのは、結婚して初めてだった。


つづく
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