母娘と狂女物と「花と蛇」


さて前回の続きです。デメテルの娘ペルセフォネの話。このお嬢さんのことです。

Rossetti, Dante Gabriel Proserpine. 1874
憂い顔ですね。何を思っているのでしょうか? 視線は何に向けているのでしょうか? 手にザクロの実を持っています。今から食べようとしているのでしょうか? それとも、一口食べた直後でしょうか?

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ペルセフォネは別名コレーとも呼ばれます。コレーとは「娘」と言う意味らしいです。デメテルの方も「メテル」の部分が「母」を意味します。銀河鉄道999のメーテルも鉄郎のおっかさんだったのです。デメテルのたった一人の愛娘、それがペルセフォネでした。

それにしてもペルセフォネお嬢様が憂い顔なのはなぜなのでしょうか?

そのわけは、このお嬢様、実は拉致されたお方だったのです。某国に(←違うって!) それにしても、誘拐されたにしては、妙な落ち着きの表情も・・・

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ゼウスが父親とはいえ、自分の娘であろうが手を出すゼウスを筆頭にギリシャ神々の世界は狼がいっぱいです。デメテルお母さんは娘を神々の目が届きにくいイタリアの先っちょにあるシチリア島に住まわせひっそりと、しかし明るく清楚に生活させていました。

他の地元の娘たちとペルセフォネが野原で花摘みなどをして遊んでいたある日のことです。悲劇が起きました。突然、地面が裂け、地中から現れた男にペルセフォネ娘は誘拐されてしまいます。

この誘拐シーンの美術史上の基本は、どうやら次のベリーニの彫刻っぽいです。

Gian Lorenzo Bernini Pluto and Proserpina (1621-22)
嫌がって逃げようとするペルセフォネお嬢様の慌てぶり、それと頑として逃がすまいと捉えた体をしっかり押さえ込む髭もじゃ男の強い意志が表現されてると思います。

次のはすっかり物まねっぽい彫刻。

17世紀の作品。

このペルセフォネの略奪シーンはかなーり衝撃的だったらしく色々な画家が描いています。ベリーニのよりちょっと前になるけど次のアーヒェンのもそれ。画質悪いです。

AACHEN, Hans von 1615 The Rape of Proserpina

同じく画質が悪いですが、こっちのはペルセフォネ略奪にあわせて、周りが大騒ぎ状態。

MAGNASCO, Alessandro 1749 The Rape of Proserpina

レンブラントも描いてて、それが次。

Rembrandt. The Abduction of Proserpine. 1631.
ペルセフォネお嬢様、男の顔を引っ掻いてますよー。よほど抵抗が激しかった模様。

次のはオールスターキャストってことでしょうか?

GIORDANO, Luca 1680s
右端が略奪されるペルセフォネ。中央に3つの頭を持つ怪物犬ケルベルスがいて追っ手がくるのを見張ってるし、左のボートは冥界への船なのかも。ちょっとおどろおどろしい光景でいろいろ出てます。よく見ると心霊写真並にヘンなキャラクタが続出かも。

略奪シーンはエウロパ(Europa)関連を代表にたくさんあるけど、どんな形、体形で女性をかっさらってくのが典型なのか? 先のベリーニのポーズが一番なんとなく安定したかっさらいかたのような気がする(笑)

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さてこの略奪犯人は、ハデス君でした。ゼウスの兄です(弟かも)。

ゼウスの兄弟格の連中には、ポセイドン、ハデスがいて、巨人族との戦いの後、新世界秩序構築の折に3人で役割分担を決めたのでした。

その結果、ゼウスは地上の世界、ポセイドンは海上担当、そしてハデスは目立たないけど冥界担当となったのでした。ゼウスの兄弟格ですから結構、強力です。

冥界もかなーり大事な世界なわけですが、何せ冥界。じめじめしててちと魅力に欠けます。地上界でさんざん女遊びに興じるゼウスと比較すると冥界はそのチャンスすらありません。

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「おい、ゼウス、ちっとは俺にも楽しい目を味わわせろよ!」
「ああ、ハデス兄さんですか、とはいっても冥界じゃねえ・・・」
「俺さー、あの娘が気になってるんだが・・・」
「ありゃ、デメテルの娘だよ。ペルセフォネ。兄さんが欲しいといってもデメテルがなんて言うか・・・」
「まあ、そう言わず、俺がかっさらってくから、お前はその後をよろしく頼むぜ!」

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というわけで、先の略奪劇。

ちょっと遠くから略奪劇を眺めた絵としては次。すたこらさっさとかっさらってくハデスのウキウキ気分が伝わってきそう。

Dell'Abate, Niccolo The Rape of Proserpine

ターナーの絵ともなると、もう神話の絵なのか風景画なのかわけ分からない。

Joseph Mallord William Turner  The Rape of Proserpine, 1839

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とにもかくにも、母デメテルにとっては晴天の霹靂でした。愛する一人娘のペルセフォネが突然失踪したのです。パニックに陥りました。神々の中では地味な存在のデメテル。娘とペアで幸せ母娘を演じていたのに、その娘が消えてしまった!!!

半狂乱になって探し回ります。飲まず食わずで各地を歩き回ります。とても神とは思えない様相になっていきます。我が娘を半狂乱になって各地を探し回る母。

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能には全然なんですが、能の1つのジャンルに「狂女物」というのがあるそうです。もち、最初はその言葉を見て「色狂い」を想像しましたが、ぜんぜん違いました(やっぱりね)

失踪した我が子や恋人、夫。それを探して狂いつつも歩き回る母・妻を主題とした出し物を「狂女物」と言うらしいです。代表作には「隅田川」というのがあるようです。

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次はコピペの文章です(出所を忘れちゃいました)。

 能人買いにさらわれたわが子を尋ねて一人の母親が、はるばる京都から東国の隅田川までやって来た。彼女は恋しい子を思うあまり狂人になっている。隅田川の渡し守は、はじめは意地悪をして、母親を船に乗せないが、やがてその優しさにほだされ船に乗せてやる。船に乗っていると向こう岸から人を弔う大念仏の声が聞こえる。渡し守はあれは去年京都から下った人買いが病気になった子を捨ててそのまま奥州へ下ってしまった、その子はそのまま死んだので、この土地の人がそれを哀れんで念仏を唱えているのだと乗客に説明する。母は、それが自分の捜し求めている子だと気づく。舟が向こう岸に着くと、渡し守は母をその子の墓につれてやる。皆で大念仏を唱えていると、やがて人々の声に混じって亡くなった子どもの声が聞こえて来る。そこで今度母は一人で念仏を唱えるが、……。 (『能「隅田川」を見る』より)

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デメテル、飲まず食わずの探索。ギリシャ各地に足跡を残していきます。オリンポスの12神に祭り上げられていたものの、それを投げ打っての探索。

愚か者のタンタロスに彼の息子のペロプスを切り刻んだスープを出されても上の空なので、飲みかけてしまう。仕事といえば、五穀収穫だが、それすら当然上の空。地上世界は収穫を無くして荒れていく。

そして、ようやく真相を知ります。伝えたのは、太陽の神または光の神として知られるへリオスらしいです。

「娘さんのペルセフォネをさらっていったのはハデス様ですよ。そしてそのことはゼウス様もご承認なさっていたとか・・・」
デメテル、呟きました。「そ、そういうことだったのね!」

このときのデメテルの気持ち、「新世紀エヴァンゲリオン」の葛城ミサトが碇ゲンドウの悪巧みを知ったときの気持ちに匹敵するでしょう。(エヴァ・オタを自らバラす:笑)

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デメテルの娘探しの旅は続きます。すっかりやつれ、ほとんど老婆の格好に転じて各地を転々とします。オリンポスの12神に名を連ねるほどの身分でありながらそれを明かさずみすぼらしい格好をして歩き回る。ほとんど、女・水戸黄門化します。

あるときは、失意にがっくり朽ちようとする。すると地元の若い娘達が見るに見かねて、ストリップまがいのことをして笑わせる(このエピソードの絵が見つからない:泣)

元気が出たデメテルはお礼にその娘達がつかえる王家に住み込み、乳母として王子を育てる。ついでにその王子を不死身の生体にすべく、火にあぶったりもする。そんなのイキナリすぎて困ったチャンなわけで、王子の母が慌てふためくと 「神への畏敬の念が足らん」 とばかりに開き直って、子供を放り投げたり。やめろよ、デメテルおっかさん。

もう1つ。探索の旅の途中、あまりにお腹がすいて、ある民家に厄介になります。差し出された食べ物は粟のおかゆとか。デメテルとはいえ、むしゃぶりつきます。それをみたその民家のガキンチョが指をさしてこう言いました。

「ガハハ、このばあさん、ずいぶん卑しいな。がっついてやんの!」

その瞬間が次の絵。

ELSHEIMER, Adam
がきんちょ君、指をさしたのはまずかったかもな。デメテルおっかさんの逆鱗に触れこの少年は蜥蜴に変えられてしまいます。粟のブツブツが体表についたトカゲです。絵でも、少しずつ少年の体にブツブツができてるのが見えます。

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さて、デメテル女神の放浪の間、地上の世界はどうなっていたかというと、デメテルは収穫の女神であるわけですから、神務そっちのけのため地上は「収穫なし」状態になってしまっていたのでした。ようするに、地上は荒れ放題。

これで一番困るのは、もち、民衆。ですが神々も民衆からのお賽銭で生きている身ですから、ちと困ったことになっていたのでした。そして、最高責任者は、当然ゼウス。

「ああ、すまん、すまん、こりゃなんとかしねーとなー」

ゼウスよ、オメーももうちょっと生産者の気持ちを考えろよな。収穫のデメテルや、工業の我らがヘパイストスを重視しねーと自分の首を締めるぜー。エルメスだけじゃやってけねーんだよ。

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というわけで、ゼウス仲介でハデスに渡りをつけ、ようやくデメテルの念願かなってペルセフォネ奪還の日が来ます。その瞬間が次の絵。

Frederic Leighton  Return of Persephone 1891
使いに出されたヘルメス主導で、冥界からペルセフォネが帰ってきます。わが娘との再会にデメテル、両腕を広げて迎えています。感動の一瞬。

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この絵、子宮から出てくる子供を描いているとも言われてるようです。迎えるデメテルは産婆さん(というか母)。帰還するペルセフォネは新生児。洞窟のような抜け穴は、産道。ふーん(もうちょっと狭いと名器なんだが・・・)

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で、ペルセフォネ帰還後、すべてが上手く行ったかというとあにはからんや。

ペルセフォネお嬢様は、一年に3ヶ月以上は冥界に戻っています。公式的には、冥界で食べ物を口にしてしまったからと。ざくろを食べたらしいです。冥界で食べ物を口にすると、地上界にはもどれなくなるらしい。(一番上の絵でペルセフォネお嬢様がもってらっしゃる食べかけのザクロが、それ)

だったら、当然、一切地上に戻れなくなるのだと思うのですが、1年に何ヶ月かだけは冥界にいなくてはならないとのことです(なんかヘンだな)

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さて、ここで一番上のペルセフォネお嬢様の絵画。憂い顔のワケ、憂い顔なのに安心しきってる感じのワケに戻ります。

この夏、まともに読んだ本は1冊だけでした。団鬼六「花と蛇」(ギャハハ)

読んだ人は分かると思うけどジャパニーズSMのコテンです。

読んで驚いたことは、読む前には綺羅光の「ハードSM+陵辱+愛奴化」をすごいと思っていたのだけど、綺羅的な手練手管の数々から表現の語彙にいたるまで、ほぼその原形がこの「花と蛇」に凝縮されていたことでした。いま巷に溢れるSM小説はこの作品の物まねだー(言い過ぎか?) 欠点はSMのテクニックばかりが先行し、愛あるファックシーンが実に情けないこと(というか抜けない:笑)

で、当然といえば当然ですが、「花と蛇」では可憐なる女性達がつぎつぎに略奪され、監禁されます。しかし、時間とともに(とは言え、1ヶ月も経ってないけど)この淫魔の世界に馴染んでしまいます。全員、略奪者の愛奴化。

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ペルセフォネは冥界の規則を知らずにザクロを口にしたとされています。ですが、アタクシにはそうは思えません。肉欲の甘美をハデスにしっかりと教え込まれたペルセフォネはハデスと離れたくなかったのではないでしょうか。ゆえに、知っててざくろをかじった。その瞬間が一番上の絵です。この絵のペルセフォネの顔に覚悟の表情が見えてしょうがないアタクシなのでした。

次の絵も、二人の運命っぽい出会いを表している感じ。視線が運命的。

Edmund Dulac  Pluto and Persephone

ペルセフォネの結婚式を描いた次の絵でも、ペルセフォネは満足げ。

Henry Siddons Mowbray The Marriage of Persephone

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「コレーや、いつでもかあさんはまっているんだよ」
「おかあさん、誤解しないでね。私、あの世界でも幸せなのよ」
「昔を思い出すよ」
「おかあさん、たしかにむかしはなつかしいわ。でも、私には今も楽しいの」
「あの人はいやなひとじゃないのかい?」
「みんなが思っているほどひどい人じゃないのよ。むしろ、根はやさしいわ」
「そうかい・・・でも、かあさんは、ちょっと寂しいよ」
「大丈夫よ、かあさん。毎年、会いにくるから」
(2002/09/03掲示板掲載)



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